前書き
変圧器の特性を調べるためには、変圧器の等価回路のパラメータを測定する必要がある。この記事では、特に数kHzスイッチングを行う電力変換器に用いられる変圧器を想定して、パラメータ測定方法について記載する。変圧器の等価回路にはL型等価回路とT型等価回路があり、L型等価回路のパラメータ測定は最低でも直流試験と2つの開放・短絡試験を、T型等価回路のパラメータ測定は直流試験と3つの開放・短絡試験をそれぞれ必要とする。各試験結果から等価回路のパラメータを求める計算式を導出する。また、試験結果に対して等価回路を用いるための条件についても検討する。
変圧器のモデル
変圧器の1次・2次電圧と電流
変圧器の1次側電圧・電流を$v_{1}$、$i_{1}$、2次側電圧・電流を$v_{2}$、$i_{2}$として、$v_{1}$と$v_{2}$が同符号となるような巻き方の変圧器を上図に示す。電流の極性は上図にしたがう。ある角周波数$\omega$における$v_{1}$、$v_{2}$、$i_{1}$、$i_{2}$のフェーザをそれぞれ$\dot{V}_{1}$、$\dot{V}_{2}$、$\dot{I}_{1}$、$\dot{I}_{2}$とする。1次側コイルの巻き数を$N_{1}$、2次側コイルの巻き数を$N_{2}$として、1次側からみた巻き数比を$N_{12}$とする。
\begin{equation} N_{12} = \frac{N_{2}}{N_{1}} \end{equation}
等価回路
変圧器の1次側の銅損抵抗、漏れインダクタンスを$R_{c1}$、$L_{l1}$、1次側から見た鉄損抵抗、励磁インダクタンス、巻き数比を$R_{m1}$、$L_{m1}$、$N_{12}$、2次側の銅損抵抗、漏れインダクタンスを$R_{c2}$、$L_{l2}$とする。
一般的に、変圧器の動作周波数域では浮遊容量によるインピーダンスが非常に大きくなるように設計するため、動作周波数での変圧器の特性を模擬する等価回路には上図のT型等価回路を用いる。この等価回路のパラメータは変圧器の動作周波数での交流試験と直流試験で測定可能である。
変圧器の漏れインダクタンスを2次側に集約した等価回路が上図のL型等価回路である。特に、1次側漏れインダクタンスと銅損抵抗を無視する場合には、上図のように等価回路の理想変圧器の変圧比が実際の巻き数比$N_{12}$となる。L型等価回路の銅損抵抗、鉄損抵抗、漏れインダクタンス、励磁インダクタンスをそれぞれ$R_{C}^{\prime}$、$R_{m}^{\prime}$、$L_{m}^{\prime}$、$L_{l}^{\prime}$としている。
直流試験
銅損抵抗は直流抵抗値とすることが多い。1次銅損抵抗$R_{c1}$を測定する場合は、2次側を開放して1次側に直流電圧$V_{1}$を印加したときの直流電流$I_{1}$を測る。同様に1次側を開放して2次側に直流電圧$V_{2}$を印加したときの直流電流を$I_{2}$とする。
\begin{align} R_{c1} &= \frac{V_{1}}{I_{1}} \\ R_{c2} &= \frac{V_{2}}{-I_{2}} \end{align}
この銅損抵抗には表皮効果や近接効果による交流抵抗が含まれないため、動作周波数が高周波であるときには抵抗値に誤差が生じることに注意を要する。
開放・短絡試験
励磁インダクタンスや漏れインダクタンス、鉄損抵抗は、交流電圧・電流を用いた開放・短絡試験により測定する。2次側を開放・短絡したときの1次側から見た変圧器の角周波数$\omega$のインピーダンスの測定結果をそれぞれ$\dot{Z}_{2o}$、$\dot{Z}_{2s}$とする。同様に1次側を開放・短絡したときの2次側から見た変圧器のインピーダンスをそれぞれ$\dot{Z}_{1o}$、$\dot{Z}_{1s}$とする。
\begin{align} \dot{Z}_{2o} &= \frac{\dot{V}_{1}}{\dot{I}_{1}} \quad \dot{I}_{2} = 0 \\ \dot{Z}_{2s} &= \frac{\dot{V}_{1}}{\dot{I}_{1}} \quad \dot{V}_{2} = 0 \\ \dot{Z}_{1o} &= \frac{\dot{V}_{2}}{-\dot{I}_{2}} \quad \dot{I}_{1} = 0 \\ \dot{Z}_{1s} &= \frac{\dot{V}_{2}}{-\dot{I}_{2}} \quad \dot{V}_{1} = 0 \end{align}
L型等価回路
L型等価回路の回路図より、この等価回路の各パラメータは次式で得られる。ここで関数$\Im{(z)}$は複素数$z$の虚部を、$\Re{(z)}$は$z$の実部を表す。
\begin{align} R_{c} &= R_{c1} + N_{12}^{2} R_{c2} \\ R_{m} &= \Re{\left(\dot{Z}_{2o}\right)} \\ L_{m} &= \frac{\Im{\left(\dot{Z}_{2o}\right)}}{\omega} \\ \frac{\mathrm{j} \omega L_{m} R_{m}}{\mathrm{j} \omega L_{m} + R_{m}} + R_{c} + \mathrm{j} \omega L_{l} &= \dot{Z}_{2s} \notag \\ \Leftrightarrow L_{l} &= \frac{1}{\mathrm{j} \omega} \left( \dot{Z}_{2s} - \frac{\mathrm{j} \omega L_{m} R_{m}}{\mathrm{j} \omega L_{m} + R_{m}} - R_{c} \right) \end{align}
よって、L型等価回路の各パラメータは直流試験と2次側の開放・短絡試験の3試験で計測可能である。
L型等価回路において、1次側と2次側の開放・短絡試験の測定結果は次式の関係となる。
\begin{align} \dot{Z}_{1s} &= N_{12}^{2} \dot{Z}_{2s} \\ \dot{Z}_{1o} &= N_{12}^{2} \frac{\dot{Z}_{2o} \dot{Z}_{2s}}{\dot{Z}_{2o} + \dot{Z}_{2s}} \end{align}
上式から次式が得られる。
\begin{equation} \frac{\dot{Z}_{1s}}{\dot{Z}_{1o}} = \frac{\dot{Z}_{2s}}{\dot{Z}_{2o}} + 1 \label{eq:Ltype_constraint} \end{equation}
この式は開放・短絡試験の測定結果をL型等価回路に当てはめたときに得られる条件式であり、測定結果に対してL型等価回路が妥当であるかを表していると考えられる。
T型等価回路
T型等価回路において下記のインピーダンスを定義する。
\begin{align} \dot{Z}_{l1} &= R_{c1} + \mathrm{j} \omega L_{l1} \\ \dot{Z}_{l2} &= R_{c2} + \mathrm{j} \omega L_{l2} \\ \dot{Z}_{m1} &= \frac{\mathrm{j} \omega L_{m1} R_{m1}}{R_{m1} + \mathrm{j} \omega L_{m1}} \end{align}
各パラメータは、上記のインピーダンスを逆に解いて得られる、次式で計算可能であるため、開放・短絡試験結果からこれらのインピーダンスを得られればT型等価回路を構成できる。ここで$\left| z \right|$は複素数$z$の複素平面における原点からの距離を表す。
\begin{align} L_{l1} &= \frac{1}{\mathrm{j} \omega} \left( \dot{Z}_{l1} - R_{c1} \right) \\ L_{l2} &= \frac{1}{\mathrm{j} \omega} \left( \dot{Z}_{l2} - R_{c2} \right) \\ R_{m1} &= \frac{\left| \dot{Z}_{m1} \right|^{2}}{\Re{\left( \dot{Z}_{m1} \right)}} \\ L_{m1} &= \frac{\left| \dot{Z}_{m1} \right|^{2}}{\omega \Im{\left( \dot{Z}_{m1} \right)}} \end{align}
開放・短絡試験で得られるインピーダンスは次式で表される。
\begin{align} \dot{Z}_{2o} &= \dot{Z}_{l1} + \dot{Z}_{m1} \label{eq:Z2o_Ttype} \\ \dot{Z}_{1o} &= \dot{Z}_{l2} + N_{12}^{2} \dot{Z}_{m1} \label{eq:Z1o_Ttype} \\ \dot{Z}_{2s} &= \dot{Z}_{l1} + \frac{1}{N_{12}^{2}} \frac{\dot{Z}_{m1} \dot{Z}_{l2}}{\dot{Z}_{m1} + \frac{\dot{Z}_{l2}}{N_{12}^{2}}} \label{eq:Z2s_Ttype} \\ \dot{Z}_{1s} &= \dot{Z}_{l2} + N_{12}^{2} \frac{\dot{Z}_{m1} \dot{Z}_{l1}}{\dot{Z}_{m1} + \dot{Z}_{l1}} \label{eq:Z1s_Ttype} \end{align}
上式は3つの未知数$\dot{Z}_{l1}$、$\dot{Z}_{l2}$、$\dot{Z}_{m1}$に対して、方程式が4つあるため、不能方程式である。このような方程式を解くためには、適当な評価関数を定義して最適化手法を用いるなど、多数の手法がある。ここでは単純に\eqref{eq:Z2o_Ttype}-\eqref{eq:Z2s_Ttype}の3つの方程式を連立させて解き、得られた解を\eqref{eq:Z1s_Ttype}に代入して、この方程式の成立条件を確認することとする。\eqref{eq:Z2o_Ttype}-\eqref{eq:Z2s_Ttype}の連立方程式の解は次式で得られる。
\begin{align} \dot{Z}_{l1} &= \frac{N_{12} \dot{Z}_{2o} \pm \sqrt{\dot{Z}_{1o} \left(\dot{Z}_{2o} - \dot{Z}_{2s}\right)}}{N_{12}} \label{eq:Zl1_solve} \\ \dot{Z}_{l2} &= \dot{Z}_{1o} \pm N_{12} \sqrt{\dot{Z}_{1o} \left(\dot{Z}_{2o} - \dot{Z}_{2s}\right)} \label{eq:Zl2_solve} \\ \dot{Z}_{m1} &= \mp \frac{\sqrt{\dot{Z}_{1o} \left(\dot{Z}_{2o} - \dot{Z}_{2s}\right)}}{N_{12}} \label{eq:Zm1_solve} \end{align}
これらの解を\eqref{eq:Z1s_Ttype}に代入すると次式を得る。
\begin{equation} \frac{\dot{Z}_{1s}}{\dot{Z}_{1o}} = \frac{\dot{Z}_{2s}}{\dot{Z}_{2o}} \label{eq:Ttype_constraint} \end{equation}
つまり、測定結果が\eqref{eq:Ttype_constraint}を満たしていれば、\eqref{eq:Zl1_solve}-\eqref{eq:Zm1_solve}は\eqref{eq:Z2o_Ttype}-\eqref{eq:Z1s_Ttype}を満たすため、T型等価回路の各パラメータを得られる。よってT型等価回路のパラメータ測定では直流試験と、3つの開放・短絡試験を行う必要がある。
\eqref{eq:Z2o_Ttype}-\eqref{eq:Z1s_Ttype}は、測定結果$\dot{Z}_{2o}$、$\dot{Z}_{1o}$、$\dot{Z}_{2s}$、$\dot{Z}_{1s}$をT型等価回路に当てはめる式である。よって\eqref{eq:Ttype_constraint}は測定結果に対してT型等価回路を用いることが妥当であるかを示す式であり、\eqref{eq:Ttype_constraint}を満たすとき測定結果を用いて、\eqref{eq:Zl1_solve}-\eqref{eq:Zm1_solve}によりT型等価回路を構成可能であると考えられる。
まとめ
この記事では、特に数kHzスイッチングを行う電力変換器に用いられる変圧器を想定して、変圧器の特性を調べるために必要な変圧器の等価回路のパラメータを測定方法についてまとめた。変圧器の等価回路にはL型等価回路とT型等価回路があり、L型等価回路のパラメータ測定は最低でも直流試験と2つの開放・短絡試験を、T型等価回路のパラメータ測定は直流試験と3つの開放・短絡試験を必要とする。各試験結果から等価回路のパラメータを求める計算式を導出した。また、試験結果に対して等価回路を用いるための条件があることを確認した。
参考
- ayumi, 「1.3 トランスのパラメータの求め方」, ayumi.cava.jp, http://ayumi.cava.jp/audio/pow/node4.html (Accessed Dec. 17, 2022)
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